(番外)フレネルとアンテナ理論との関わり(その2)フレネルの宿敵ブルースター

 前回の原題は、
『A SHORT BRIGHT FLASH』
となっていて、直訳だと

「短くも輝かしい閃光」となるそうですが、

それよりは、日本語訳者さんがお付けになった
前回の題名のほうがずっとこの本の内容に
沿ったものとなっていると思います。

前回の紹介本は、技術解説本ではなく、
どちらかといえば歴史的な物語を
紹介している内容です。

まず、プロローグは、
(海難1890と同じく)
フランスの軍艦が西アフリカ沖で
座礁して遭難した時の情景から
始まっています。

その事件の話題がフランスのパリで
もちきりであった頃、

そのパリへ道路建築技師として
一旗あげようと一人の若者がやってきます。
そして、このような悲劇をなくすための
あるアイデアを考え出しました。

それは
灯台がその重要な役割を果たすために
必要であった光学的なレンズの開発でした。

この若者こそ、(当初の主人公)オーギュスタン・フレネルで
物語は彼のそれまでの人生をたどります。

当時は、まだ電気はなくて、光源は、
オイル(植物性や動物性のもので、灯油といった
化石燃料も当時はまだありません。)
であったので
(今の日本では死語になっていますが)
オイルランプであったのです。

このランプの光量は限られているため
それまでの反射鏡による光の収束では
遠くまで灯台の光を届かすことが
難しかったのです。

それをそれまでの方式とは全く異なる
方法で解決したのが、先のフレネル氏で、
その独特のレンズは、最初は
全く評価してもらえなかったのですが、
幾つかの試練を乗り越え、
また奇跡ともいえるチャンスを得て
だんだんと評判が高まりました。

(前半は、このサクセスストーリを
 展開していきます。)

そして、当時一番の世界的な催しであった
パリ万博において、目玉の展示品として
人々の脚光を浴びたのです。

この物語は、ここで終わりません。
残念なことに当初の開発者フレネルは
病弱であったため、若干39歳という
短い人生で幕を閉じましたが、

彼の遺志は、弟のフレネルに引き継がれて
フレネル・レンズは完成度をますます高めて
いきます。

ここから、舞台は、フランスだけでなく、
イギリス、その後、この分野では
後進国であったアメリカにおける灯台の
発展物語への続いていくのですが、

その物語全体は、ぜひ、
(この引用させていただいた)

「灯台の光はなぜ遠くまでとどくのか」
  時代を変えたフレネルレンズの奇跡

   テレサ・レヴィット 著
    岡田 好恵 訳

    2013.10.20 発行

   ブルーバックス刊行

でご覧いただくとして、

ここでは、物語に登場する人物で
アンテナ理論の用語に記された著名人を
紹介します。

なぜなら、今回のアンテナのテーマとも
関係が深いと思える重要なキーワード
となっていると私は考えているからです。

まだ、全体像は私にも掴めてはいませんが、
今回の理論と実際の実験結果との違いを
説明するに必要とするところではないのか?
と期待しているからです。

その人物は、今回の物語ではフレネルの
敵役でもあるので
あまり好印象ではないのですが、

ブルースターなる人物です。
この名前で私が何を解説しようとしているか?

このヒントだけで、この先を見通せたかたは、
アンテナの上級者の資格ありです。
(昨日のある民放番組のパロディ)

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